神戸地方裁判所 昭和28年(ミ)2号 決定 1965年4月19日
更生会社
東神連送株式会社
管財人
佐藤三郎
同
藤原隆房
主文
本件更生計画(昭和二九年七月二八日の関係人集会において可決せられたもの)を認可しない。
理由
一本件につき、元管財人長浜宣宗から当裁判所に提出せられた別紙記載の更生計画案(以下本件更生計画案という。)は、昭和二九年七月二八日の関係人集会において可決せられた(なお、本件更生計画案可決後、更生債権者中伊藤忠商事株式会社、木村正雄および合資会社中西自動車工作所は各その更生債権の全額を、またその他の更生債権者は各その二割を放棄している。なお、落着しない権利として掲げられた万福寺の更生担保債権が確定判決によりその存在することが確定した。)。
二そして、本件記録によれば、右可決後の本件更生手続の経緯は、つぎのとおりであることが認められる。
(1) 当裁判所は同年八月九日、更生後の本件会社の積極資産は一一六〇万六六七四円となるのに反し、資本の額が一四一六万五五〇〇円となり、資産総額が資本の額に達せず、更生に当つても当然要求せられる資本充実の原則に反すること、また管財人の予想する更生後の毎月二五〇万円の運賃総収入をあげることは困難で、これを二〇〇万円とみるのが相当であつて、更生債権たる租税等債権および未払共益債権の支払は容易でもなく、さらに、右更生計画による中古または新自動車の購入も容易でないし、本件会社は、当分銀行等からの資金の借入れ等の見込もなく運転資金の面においてもその企業運営は必ずしも容易でないから、資本構成、営業収益、運転資金の各点において弱点を有し、同更生計画は経済的、経営的見地において遂行可能であることを十分納得せしめ得ないとの判断のもとに、本件更生計画案を認可しない旨の決定をした。
(2) そこで、本件会社の更生債権者らは右不認可決定に対し抗告の申立をしたので、大阪高等裁判所は同年一二月一八日、本件更生計画案によれば更生後の本件会社の資本の額は前記更生債権者らの更生債権の全部または二割の放棄によつて五一七万一五〇〇円となるから、同会社の積極資産一一二〇万六七七四円は資本の額より六〇三万五一七四円だけ上廻ることが明らかであつて、本件更生計画案は資本充実の原則に反するものでないこと、さらに、更生後の本件会社の運賃総収入一か月分二五〇万円を期待することができ右数額が必ずしも実現困難なものではなく、したがつて、この運賃収入によれば更生債権たる租税等債権および未払共益債権の支払のほか運転資金にも充当でき、会社の企業運営は必ずしも困難とはいえないから、結局本件更生計画は経済的、経営的見地において遂行可能であることが予想し得るものと判断したうえ、これを不認可とした原決定を取り消し、原審裁判所をしてさらに相当の裁判をさせるため本件を当裁判所に差し戻す旨の決定をした。
(3) ところが、差戻後運賃総収入が二〇〇万円に達せず、赤字経営に転落したため当裁判所によつて本件更生計画案に対する認可の決定がなされないうち、昭和三〇年六月一日管財人長浜宣宗が辞任するとともに、同日付をもつて弁護士松尾晋一が管財人に選任せられ、同管財人は同年七月二七日右差戻当時一か月二〇〇万円の運賃収入が予定せられていた得意先小泉製麻株式会社からの運賃収入が競争者の出現で一か月三〇万円に激減したため、運賃総収入を一六六万円程度と予定する前提のもとに更生計画修正案(もつとも、この案は後述新更生計画案の提出により撤回されたというべきである。)を提出した。昭和三一年三月一日北風佐市が管財人に選任されたが、その後は本件会社に内紛が続き、昭和三三年二月一二日同人が管財人を辞任するとともに、同日付をもつて西山貢が管財人に選任され、同年一一月二七日管財人松尾晋一が辞任し、昭和三四年二月二六日管財人西山貢が解任されるとともに、同日付をもつて藤原隆房および弁護士佐藤三郎がそれぞれ管財人に選任された。管財人藤原隆房、同佐藤三郎は、本件更生計画案可決後に本件会社の経営事情が変更したことを理由に昭和三五年一二月二八日本件更生計画案と根本的に異る新会社の設立等を内容とする更生計画案を新たに作成して当裁判所に提出し、現在に至つている。
三ところで、更生計画案が関係人集会において可決された以上、これに対する裁判所の認否の決定がなされるまでの間に事情が変化したことを理由に、管財人が新たな更生計画案を提出したり、可決された更生計画案の変更を求めたり、あるいは裁判所が可決された更生計画案に対し変更に類する修正命令を発したりすることは、いずれもこれを許す規定がないから許されないものと解するのが相当である。
そこで、昭和二九年七月二八日の関係人集会において可決された本件更生計画案が遂行可能であるか否かについて検討する。
(1) 本件更生計画案によれば、同計画案は本件会社が更生後毎月二五〇万円の運賃総収入を得て毎月二〇万円の利益をあげ得ることを前提として樹てられているところ、管財人が毎月当裁判所に提出している本件会社の業務および財産の管理状況についての報告書(ただし、同報告書は昭和三五年三月以降は当裁判所の要求にもかかわらず提出されていない。)によれば、本件会社は昭和三〇年一月以降同三五年二月までの間において一か月二〇〇万円以上の運賃総収入を得たり、一か月二〇万円の利益をあげ得た月は比較的少なく、右期間中の一か月の平均利益は約六万円であつたこと、そして、昭和三九年一二月に至つてようやく当裁判所に管財人から提出された同年八月一日から同年一一月三〇日までの期間の損益計算書によれば、本件会社の同期間中の一か月の平均運賃等総収入は約一三〇万円で、その一か月平均利益は約四万円に過ぎないことが、それぞれ認められる(結果論として十有幾春秋中ある時点を把えると更生計画の認可をなしえたとみうる時期がないでもないが、これらは一時的現象にとどまつており、その当時も繰越欠損金名下に未払共益債権が累積していたのであるから、認可に踏切れなかつたのであろう。)。
(2) そして、昭和四〇年三月一五日管財人佐藤三郎、同藤原隆房各審尋の結果によると、本件更生計画案可決後に同管財人らが新会社の設立を内容とする更生計画案を新たに作成して当裁判所に提出したのは、本件会社の従来の営業成績からみて本件更生計画案を遂行することが不可能であると判断したがためであること、また同管財人らは経済事情が悪化した現在において本件更生計画案を遂行することは到底不可能であると自認していることが認められる。
(3) さらに、昭和三九年一一月三〇日当時の本件会社の損益計算書、貸借対照表に右管財人らの審尋の結果と昭和四〇年三月一八日の証人秋葉忠章の証言を総合すると、本件会社は昭和三三年九月から同三四年四月までは一時相当の利益をあげることができたが、その後は次第に収益が減少し、昭和三六年六月に管財人藤原隆房の弟、その二男および同管財人に近い筋の者等によつて本件会社の収益増加を図ると称して本件会社の事実上の第二会社ともいうべき荷物運送受註を目的とする東神運輸株式会社が裁判所不知の間に設立され(同会社は昭和三七年以来赤字続きで現在経営不振に陥つている由である。)。結果的には同会社に本件会社の一部の大口運送依頼人からの運送依頼を奪われ、そのうえ、同管財人が昭和三七年ごろ病気となつて本件会社の経営から遠ざかつたため、同管財人によつて開拓された大口の運送依頼人であつた大同酸素株式会社、平野織機株式会社、小泉製麻株式会社等からの運送依頼もなくなり、昭和三七年から同三八年末までの一か月の平均運賃等総収入は約一六〇万円、一か月平均利益は約四万円しかなかつたこと、昭和三九年初めに至つて元管財人北風佐市においておそらく和解金債権(共益債権である管財人の報酬金と会社更生法第二〇八条第六号に基く不当利得金に関する)によつて本件会社の三菱重機に対する運賃債権の差押えがなされたので最後の大口運送依頼人たる同社からの運送依頼をも失う結果となり、現在本件会社は他の運送会社の下請運送をなすことによつて辛うじてその経営を続けている状態であること、官財人らは本件会社の経営の衝に当たらず、秋葉忠章が事実上これを経営しているが、職員(運転手、助手を除く)は当初六名であつたものが最近は右秋葉のほか一名がいるだけで物価が騰貴した現在においても一か月の平均運賃総収人は約一二〇万円で、一か月の平均利益は約四万円に過ぎなく、将来においても本件会社の経営が好転する特別の事情がないこと、更生手続開始決定以降現在に至るまで本件会社の運転資金は金融機関によるものは見るべきものなく、主として運賃収入と歴代の管財人および秋葉忠章の私財の投入とによつて辛うじて支弁されてきたが、その間未払共益債権が漸次累積の傾向をたどり昭和三九年一一月三〇日当時におけるその総額は二九四七万七二五二円にも達していること、管財人らは就任以来報酬の支払をなんら受けていないこと、今日においてはその報酬を受ける意思は毛頭ないが、他に管財人になり手がなく、適格な交替者が見当らないためやめるにやめられない苦境にあること、もつとも、その間本件会社の利益もしくは管財人の私財により国税や社会保険料は相当額支払われ、現在国税の未納額は三万円、社会保険料の未納額は六〇万円であることが、それぞれ認められる。
以上のとおりであつて、差戻後十有余年の経営の実態からみて本件会社が更生後毎月二五〇万円の運賃総収入を得て毎月二〇万円の利益をあげることにより更生債権および未払共益債権等の支払をなさんとする本件更生計画を遂行することは到底不可能というべきであつて、しかも他の方法によればこれを遂行可能とする根拠もない。
四もつとも、大阪高等裁判所の前記決定は、本件更生計画が経済的、経営的見地において遂行可能であることを予想し得るものと認むべきであるとしている。本来、上級審の裁判所が原裁判を破棄して事件を原裁判所へ差し戻した場合、原裁判所で再び裁判をするに当つては、上級審裁判所が破棄の理由とした法律上および事実上の判断に拘束されるが(裁判所法第四条、民事訴訟法第四〇七条第二項但書参照)、経済事情の急変によつて会社の経営状態に著しい変更を来し易い会社更生事件においては、上級審裁判所の裁判の基礎となつた事情が原裁判所へ事件を差し戻した後に変更し、その事情の変更が上級審裁判所の予見せずまた予見することができない異常なものであるときは、もはや上級審裁判所の裁判は、その事実上の判断につき差戻後の原裁判所に対しその拘束力を失うものと解するのが相当である(このことは、更生計画認可の決定があつた後やむを得ない事由で計画に定める事項を変更する。必要が生じたときは、更生手続終了前に限り、裁判所は、利害関係人の申立により、計画を変更することができる旨を規定した会社更生法第二七一条、更生計画認可の決定があつた後計画遂行の見込がないことが明かになつたときは、裁判所は、申立によりまたは職権で、更生手続廃止の決定しなければならない旨を規定した同法第二七七条からもうかがわれる。)。
本件において、大阪高等裁判所の前記決定の基礎となつた事情が、当裁判所へ差し戻された後に前段で認定したように復旧の見込みがないほど著しく変更し、その変更は同高等裁判所が予見せずまた予見することができなかつたほど異常なものであるから、同高等裁判所の前記決定は、その事実上の判断につきその拘束力を失つたものというべきである(仮に、今なお同高等裁判所の前記決定の拘束力が失なわれないものとすれば、当裁判所は前記経営の実情に目をおおい本件更生計画案を一旦認可したうえ、そうそうの間に前記実情を以てその計画遂行の見込がないことが明かになつたとして会社更生法第二七七条により更生手続廃止の決定をしなければならず、かかることは少なくとも本件のように差戻後相当の年月を閲し会社の規模や収益力が明確になつた場合においては迂遠な形式に流れたことといわなければならない。)。
五よつて、本件更生計画は、遂行可能であるとは到底認められないから、これを認可しないこととし、主文のとおり決定する。(矢島好信 松原直幹 辻忠雄)
(別紙)更生会社更生計画条項≪省略≫